遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

こんなに辛い何年。

撮影データ
日時:2023年11月01日・12時30分
ボディ:PENTAX KP
レンズ:smc PENTAX-DA 18-270mmF3.5-6.3ED SDM の29㎜域
絞り:f22
シャッタースピード:1/60s (Auto)
感度:ISO 200 (Auto)
(絞り優先AE)

 

 昨日はドラール錠15を1錠、減らしたら、少し眠気は良いようだ。ただ、夜中、急にガッと目が覚めることが何回かあった。例によって朝の5時に目が覚め、二度寝するのに時間が掛かった。

 しかし、私は、もう何年、辛い年を過ごしているのだろうと思うと死にたくもなった。父が死んだのが平成30年か。それからはアル中の叔父が入り浸って酒盛りをしている実家に週に1度、通わされた。

 相続税の申告も大変だった。相続税の申告など不要なものだから本当は自分が父の預金や年金を使い続ければいいのに、私が財産を自分のものにしようとして嬉々として飛び回っているといって足を引っ張られた。

 叔父が死んだら、母が気が狂ったみたいに脊椎が粉になって頭から出て、それに触れたものは全て壊れたり触れた人は健康を害すると言って、今度は来るなというようになった。母の晩年2年くらいは会っていない。

 その奇病と自分は末期癌であると言い張り、毎日、救急車を呼び、ゴね、私は母が住むところの市役所に何度も呼び出された。ケアマネージャーが勝手に印鑑を押して行って不正をしていると声を大にして言い張り、警察にも電話をしたとかで、それでも呼び出された。私はFitbitによると見たこともない熟睡をしているのに体重が10㎏減った。

 そして母が死んで実家を売った手続きを代行した弁護士に実家を売った代金を持ち逃げされた。そもそも、税理士資格もあるから相続税の申告も自分がやるといっていたのに一向にやる気配がなく、税理士に頼んだのだから、その時点で期待しなければ良かったのだ。

 そして、その、持ち逃げされた実家の売却代金を取り返すのに、また他の弁護士を頼み、貯金が百万円単位で消えていく。兄弟もいなければ従弟も叔父叔母も親族は誰もいない。ザッと書いたが死にたくもなろうというものである。命の危機90%。

 

 

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