遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

税理士のブリーフィングと孤独。

撮影データ
日時:2022年12月06日・18時50分
ボディ:PENTAX K-3
レンズ:HD PENTAX-DA 20-40mm F2.8-4 ED Limited DC WR の40mm端
絞り:f4 (開放)
シャッタースピード:1/80s (Auto)
感度:ISO 3200
(プログラムAE -2/3EV)

 

目次

外出前のこと

 相続税申告のための税理士のブリーフィングが午後2時からで、午後1時には家を出たいが、午後0時40分になって、これを書いている。

 そもそも、我が家に大した遺産などないのだが、父が死んだとき、母親に相続放棄させられたので、少額といえど2人分の遺産を1度に相続させられ、このような事態になっている。

 母に相続を放棄させられたときのことは嫌でも覚えている。現実には放棄ではなく、私のために貯金をしておいたという100万円前後の金は受け取った。相続放棄に近い遺産分割協議書を私に作らせ、母はホクホク顔だった。

 しかし、相続税の申告のために税理士を使おうとしたら、相続の手続きなど本来は必要ないもので父の預金も自分が使い続ければ良かったのだ、それを私が遺産をブン取ろうと嬉々として動いているのだと申告をさせまいとした。

 私が子供のときのお年玉を、全額、自分たちがステレオを買うのに使ってしまったり、高校生時代から親が選んだ大っ嫌いな高校に特待生として通わされて精神病になったり、相続放棄どころか損害賠償が欲しいくらいだ。

 ここで外出する時間になった。あまりに苦しく、やっていることがヒッチャカメッチャカで、生きて帰れるのか今でも不安だ。相変わらず寝ている間の苦痛は激しく、目が覚めても起きられない。

 前任のクズ医者にはゴロゴロしたいための言い訳とか社会人は眠くても勤めがあるから起きるのだと言われたが、起きられた方が、どんなに楽か。当時は心臓が針の筵の上で転がされている感じがして、本当にのたうち回っていたのだが、「のたうち回っている人がゴロゴロしている人より偉いことはありません、演技をしないでください」などと言われた。本当、患者に刺されて死ねばいいのに。

 横になっていても苦しくて、それでも無理して起きたのは午前11時。顔も洗えなかった。それまでスマートフォンアプリの通知がしても見ることができず、本当に死ぬ思いをした。気になるどころかドキッとした。死ぬ気で区の保健師さんに電話をしたが出なかった。

 そして午前11時になって起き上がっても、朝食を摂ろうとして飲み物をキーボードの上にこぼしたり、他にも、忘れたが、色々なミスをした。頭が働いていない。なんか、そうでなくても死にたいのに、些細なことで、なおさら死にたくなる。

 

帰宅後のこと

 税理士とのブリーフィングは無事に終わった。相続税申告に当たって、申告書の内容が正しいのかチェック。しかし足が向かず、ギリギリに家を出て、目的地の駅に20分前に着いたのにドトールに入ってしまった。結果、着いたのは約束の時間ちょうど。

 ただ単に説明を聞くだけで、特に疑問はなかった。訊いてみると控除対象になるというものがあったので、少額だが、それを追加しただけ。相手が税理士さんひとりだったせいか、前回の契約時のように緊張はなかった。時間も前回の1時間半に対して40分で終わった。

 ただ、非常に気分が悪かった。不快感を覚えるというのではなく、とにかく倦怠感が強い。まっすぐ帰ろうかと思ったが、市ヶ谷と九段下の間にある友人の事務所を訪ねることにした。死にそうに辛かったが、死んでもいいやと思った。

 友人の事務所に向かって歩いている途中、なぜか、昔、鎌倉に自殺しに行ったときのことを思い出した。ブラック企業で残業は月に200時間を超え、家に帰ったら帰ったで、叔父に会社が新入社員に残業などさせるわけないから夜遊びしているのだ、その分、家事をしろと専業主婦以上の家事をさせられ、本当に寝る暇もなかったころだ。

 鎌倉で、ただただ孤独だった。日がな一日、鎌倉の町を放浪していた。新入社員に金などなく、素泊まりの木賃宿に泊まり菓子パンも買えないので紀ノ国屋で食パンを買って少しずつ食べていた。しかし、毎日、散歩道で顔を合わせている老女に優しくされ、思い留まった。

 今、私は兄弟姉妹もいなければ叔父叔母も従兄弟もいない天涯孤独の身である。母に交友関係を全てズタズタにされてしまったので、頼りになるのは弁護士の友人だけ。もっとも、彼も私を友人と思っているのか顧客と思っているのかは謎だ。

 私は昔から孤独で、これからもずっと孤独なのだと思った。家族がいたといっても、友達関係を意図的に壊し、夏は40℃を超える部屋に監禁し、倒れても水も与えない母親。倒れたら、甘ったれるんじゃないといって殴る蹴るし、その手を振りほどいただけで何度も110番する父親。別居をしても電話にも出なかった。家族がいれば孤独ではないなど嘘だ。

 先ほどチラッと同病の方のBlogを読んで、障害者手帳の取得は社会保険労務士に任せると書いてあったのだが、私の父親は社会保険労務士だったのに、障害者手帳どころか自立支援医療制度も露とも知らず、私が過労で倒れても、甘ったれると殴る父親だった。

 そして、また死にたいと思った。よく、ネットでは自殺未遂をしたけど生きていて良かったなどという記事が目に留まるが、あれは本当かなと思う。私は、どうして、あのときに死ねなかったのだろうと思うことばかりだ。あのとき死んでいたら、こんな辛い思いをしなくても済んだのに…。

 ごめんなさい、本当に死にたい気持ちに押し潰されそうで、今日は、ここでペンを置きます。読者購読していただいていた方が自分のBlogで、読者登録を減らすと書いていて、自分の読者一覧を見たら、その人の名前がありませんでした。

 私は誰に向けて何を書いているのだろう。私のしていることは誰かのためになっているのだろうか。そんなことを考えると死にたい気持ちが高まってくる。今日の命の危機90%。死ぬときは楽に死にたい。

 

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