遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

電話をしてくるな、独りで苦しめ。

 今日は訪問看護だった。以前、私の病状について、みんな同じです、みんな気が紛れないのを無理して気を紛らわせているんですと言った人だ。

 ここで私の訪問看護の状況を書くと、週に3回、月・水・金に訪問を受けていて、曜日ごとに違う人が来ている。

 病気による不安や死にたい気持ちを気が紛れないのと一緒にしてしまうのは横暴な気がする。そして、彼女のおかげで死にたくなったことも何回もある。

 昨日、けっこう私が頻繁に訪問看護に電話をしたのは記した通り。ただ、私も相手に迷惑かなと思ってSMSしたら向こうから架かってきたときもある。

 今日の早朝の電話も昨日の人の続きで、眠れず苦しくて電話をした。そうしたら自分の提案が役に立っているのか心配ですがと言う。

 私は、役立っているからこそ電話をしていることを告げる。そうしたら、まだ若いんだから楽しく生きて欲しいと言われた。そして、主治医に電話をすることを勧められた。あまりに話の一部分すぎるが。

 今日、来た看護師さんは、いきなり主治医に電話をしたのですかと訊いた。きっと訪問看護に言われて電話をしたと主治医に言われたくなかったのだと私は思った。

 そして、そうやって他人に意見を訊くから判断力がないんですと言われた。私は20歳前から親に勘当同然に実家を追い出され(兄弟はいない)独り暮らしをしてきた。

 私の母は何事についても難癖をつけ自分の思い通りにしたがる人で、何かにつけ、私のことを周囲にみっともないという人だった。

 例えば、私がセーターを着ていたら、そんな寒い格好をしていると回りにみっともないと言って上着を着せる、そんな感じだ。

 なので、家を出てすぐのときは自分で自分の服装も決められず、それなのに服装のみならず、いきなり何でもかんでも独りで決めなければいけなくなった。

 ただ、最初は何事も自信が持てなかった。本当に寒さだけでは服装がセーターのみで良いのか判らず、周囲をキョロキョロして上着を着ている人がいないと安心した。

 そして、あまり言いたくなかったが、今日の看護師さんに、私は会社員時代、周囲に独りで決め過ぎと言われたのですよと言った。

 私としては正しい判断をしているつもりであるし、結果オーライではあるが、それは、オススメ選択肢として会議に諮るべきだと言われたことがある。

 しかし、今日の看護師さんは、独りで決め過ぎと言われても、我を通した方が幸せだったでしょう? と言う。

 そして、決めたことに囚われるのは苦しみますが、決めるのは、どんどん決めていいんですと言う(私は仕事の話をしたのだけど?)。

 駄目だ、この人は、まったく柔軟性がない、そう思った。私は我を通すよりも他人を不快にさせるほうが怖いし、他人は自分と同じだと思ったことはない。

 昨日、真実はTPOによっても異なると、わざわざ書いたのは、昨日の人は、そういう柔軟性があるということを書きたかったのだ。

 また、昨晩は眠れたのかとも訊かれた。眠れたことは眠れたのだが、ほとんど眠れなかったので、全く眠れなかった一昨日より少しマシという程度だと答えた。

 そうしたら、そうです、眠れなかったと思うより、その前よりは、よく眠れたと思うと気が楽なりますと言われた。

 これも、別に私は単なる基準として、その前日と比べているだけであって、別に、前の日より良くなって良かったなどとは全く思っていない。なんか違う気がする。

 なんか、受け取り方が、ことごとく外れている気がして、この人は周囲のことなど意に介さない、ある種の勘違い野郎(言い過ぎ?)なのではないかと思った。

 今日は、保健師さんは多忙で、相手にしてくれるのは、TwitterのDMで相手をしてくれる山姥さんのみ。私には、訪問看護の言うことが、独りで苦しめと言っているように聞こえた。

 今日は汗をダラダラかくのに(今日の看護師さんも知っている)寒気がして、肩がパンパンに張っている。

 昨日の電話の看護師さんは緊張が強いんですねと言っていたが、今日は架けたら水曜日の人が出て今日の人に架けるなと言われたでしょうと言って切る。

 そして、架けるなと言いつつ、今日の看護師さんから折り返し電話が来る。その辺の謎なところは、こちらに書いた。思わず、訪問のとき私を見ましたよねと言った。

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 今日は命の危機80%。道路の真ん中で、うっかり自分が道路にいることを忘れ車を見るのを忘れる。それでも、少しは緑にベクトルが向かい始めた。