遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

真剣に死を想う。

 PENTAX K-70を買って、初めて写真の掲載を落とすかと思ったのだが、部屋に仕舞わずに吊るしてあるジャケットの写真を撮った。ブラシも掛けず光も当てずだが、今日は写真を撮れただけで奇跡だ。

撮影データ
日時:2020年10月30日16時30分
ボディ:PENTAX K-70
レンズ:smc PENTAX-DA 18-270mmF3.5-6.3ED SDMの190mm域
絞り:f6.3(解放)
シャッタースピード:1/15s(Auto)
感度:ISO 3200(Auto)
(プログラムAE)

 


 (後から追記・この部分を書いている今は午前中だ。)本当に死ぬかも。訪問看護に電話をしても、何ができるか考えて自分で行動してくださいと言われた。

 何か考えたり行動できたりするほど余裕があると思われているようだ。そうして、電話をするのも苦しく、余りに苦しいので死ぬかもしれないと言って電話を切ってしまった。

 

 今朝も死ぬほどの苦しさで寝ていることができなかった。真剣に死を想う。そして死んだ私の母のことを思い出す。私が母を忍耐力がないと思っているのと、訪問看護が私が甘えていると言っているのは、実は違いがないのではないか。

 私の母は今年の3月26日に亡くなったのだが、亡くなる前、自分は薬害の被害者だとか末期癌の患者だと言い張って救急車を呼んだりして大変だった。私が深夜、眠剤で寝ているのに救急隊からの電話で叩き起こされたり、母が住むところの市役所から呼び出されたりして体重が20㎏減った。

 こういうことを言うと主治医に投影だとか反動形成だとか専門用語を使って訳の判らないことを言われるが、私が刹那的にしか物を考えられないのは気まぐれな母に支配されていたためで毒親の子供にはよくあることと言われるし、母にしても忍耐力がなさすぎる。

 しかしである。私の今は落ち着いているものの、頭の中に音源があって騒音がする感じなどという母の訴える症状と同じ症状もある。そう考えると、母が苦しいと言っていたのは、あながち嘘ではないのではないか。私が子供のとき母は私の宿題の面倒なども見ていたのだが、私の学校での課題の評価は良かった。

 

 まぁ、毒親といえど肉親であることもあり、私は母を見捨てはしなかったのだが、もう私は訪問看護には見捨てられていると思っている。以前にも訪問看護に見捨てられそうになり似たことを書いた。

fonttoto.hatenablog.com

 

 このときに頂いたコメントの、どんなに嬉しかったことか。捨てる神あれば拾う神ありというのは軽薄な言い方だが、そんな私も見捨てない人がいるのだと思うと涙が出た。

 また、Twitterでも、以前、苦しいときに声を掛けてくれて忘れられない人がいるのだが、ここ10日ほどツィートも「いいね!」もなく気になっている。(追記・DMはご覧にならないようなので@ツィートしたら返信が来て、安心はしたのだが体調が優れない様子で、なんか悪いことをした気もする。)

 

 さて、この部分を書いている今は午後2時過ぎ。なんとか会話ができるようになり訪問看護へ折り返し電話をした。それでも電話が苦痛なのに30分も説教される。

 苦しいなどと思っていないで散歩をしろ、それを毎朝7時からを1ヶ月、続けてから文句を言え。それどころではないと言うと、だったら引きこもっていればいいと嘲笑するように言われる。

 

 今日は命の危機95%。これを付け始めて最も高い値ではないかと思う。ただ、今日は死んでも仕方がないというより、死んだら、逆恨みといわれるかもしれないが殺されたと思っただろう。

 苦しくて忘れていたが、もう何日もシャワーを浴びていない。襟足というか後頭部というかが、汗をかいて ただ れて 瘡蓋 かさぶた になっている。

 

 

P.S. 昨日の未着貨物の件だが、出品元のメルカリに連絡し連絡を取ってもらったところ、「該当お荷物はお届け先のポストへ間違いなく投函しております」と連絡が来たという。私も誓って間違えがないので名前を出す。ヤマト運輸である。商品代金はメルカリが保障するようだが、そんな対応を取るメルカリにも、少しガッカリした。

 

 

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