遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

あまりに苦しくて自ら首を絞める。

 現在、午前7時、寝床の中でスマートフォンを使って、このエントリーを書き始めた。例によって、ほとんど眠れていないのに、午前4時に、今日は滝のような汗というより、水の中にいるような大量の汗をかいて目が覚めた。緊張で脈がドクドクいっている。

 そして、1時間ほどして手足がジンジンして、頭もジリジリし始めた。上手く言えないのでオノマトペになってしまったが、感覚としては正座をして足が痺れたのが、手足に、ずっとある感じ。そして、それが感情にまで及んだ感じ。頭の中に痺れの塊があるようだ。

 気分転換に、早いが起きて朝食を摂った。そして3食後と寝る前に出ているヒルナミンを服む。量が少ないのか、ちっとも効いている気がしない。汚い話だが、トイレにも行ったが、ジリジリして、なかなか尻が拭けない。

 現在は午前9時だが、相変わらず横になっている。全身からの汗は引いたが額にだけ油汗をかいているのでエアコンを入れる。カーッと身体が熱かったのに、今度は寒気がする。

 早朝、訪問看護の担当者に入れたSMSの返事が来た。苦しさに囚われず客観的に何が起きているのか考えること。気分転換に何が効果的か、色々試すこと。鼻歌、大声、歯磨き、変顔まで色々と提案がある。

 ただ、苦しくて何も手に付かない。起きるのすら苦痛だ。スマートフォンのフリック入力は苦手なのに、起きてPCに向かうこともできない。このまま、すぐに夜になって眠れれば良いのにと思う。時間が重い。苦しむだけの1日は長い。

 あまりに苦しくて母の友人にもSMSを入れる。体調が悪くて思うようにいかないでしょうが友人や税理士の力を借りて乗り切ってくださいという返事が来た。いつもは入力が大変だからと電話をくれるのだが、電話もなければ体調への気遣いの言葉もなかった。電話をするよりも無理して入力した方が良いと思ったのだろうと思う。

 それで私は死にたくなる。また他人に迷惑を掛けてしまった。どうして私は余計なことをするのだろう。私なんか死ねば良いのに。そう思ったのなら止せば良いのに訪問看護の担当者にも再びSMSを入れる。そして、死ねば、この苦しみからも楽になると思う。

 今、これを書いているのは午後0時半すぎだが、午前11時から、また山姥さんに相談というか相手をしてもらっている。母の友人からのSMSについても話をした。そして、話している最中、午前11時10分ころに身体が揺れる感じがした。

 実際、これは地震だったのだが、地震なのか自分の身体が揺れているのかさえ判らないのだった。相変わらず額から油汗をかき、耳鳴りがし、肌が荒れてヒリヒリする。身体がカーッと熱くてエアコンを入れている。今度は身体が冷えるが暑いよりマシだ。

 しかし、横になりジッとしても10秒も持たないのだ。今は午後3時ちかくだが、起き上がって机に向っては神経が持たず横になり、横になってもジッとしていられずスマートフォンを見て、それでも保たず起き上がってを繰り返している。

 やっとジリジリ感が耐えられる程度になり、今は起き上がってPCに向かっているが、まだミスタイプは減らない。また、頭痛や耳鳴りも相変わらずだし、まるで耳に水が入ったように頭の中に音が響く。耐えられる程度といっても、横になってジッとしていることはできない。

 今度は、横になり、昨日の分を観ていなかったので、スマートフォンアプリで朝の連続テレビ小説「ちむどんどん」(土曜日は1週間のダイジェスト)を観る。月曜日から金曜日までの分が、もう遠い昔のことのようで、そんな話もあったなという程度だ。15分を30分くらい掛けて観るのに全く頭に入らない。

 しかし時間が重い。上の文章を書いてから、まだ30分くらいしか経っていない。もう午後5時になっていて良いくらいの疲れ方だ。また横になったのだが、あい変わらずジリジリしている。このままジリジリした感じや頭痛などに耐えて寝るまで6時間以上を過ごすのか。

 また横になってFacebookに流れてくる広告収入目的の個人の動画サイトの動画を見ていた。だいたいがドライブレコーダーの映像で、10秒も画面に変化がないとイライラして見るのを止めてしまう。それを繰り返していた。

 そして、やっと夜である。イライラして国内のニュースも読めないなんて、なんということだ。Facebookを見ると友人はスポーツ観戦に行っている様子。今の私は苦痛はあっても感動はない。そして、疲弊しながら1日が終わる…。

 今日の命の危機は65%。死にたい気持ちというのはないが苦痛が酷い。このまま死んでも誰にも発見されないだろうなと思う。