遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

ただ長いだけの今日1日のこと。

 なんか「今日1日のこと」が良く読まれるので今日も書いてみました。ちなみに、今日は病状としては楽な方というか、ぜんぜん楽です。

fonttoto.hatenablog.com

 

 午前6時前に目が覚めた。夜中、身体中痒くて何度も目が覚めたので寝不足のはずである。寝が浅かったからか、珍しく、目が覚めたときに身体が固まっておらず動かすことができる。睡眠状況を確認しようとスマートウォッチを見ると、ペアリングが切れている。スマートフォンを再起動して接続しても詳細が記録されていない。

 昨日は普段より1時間早い午後7時に眠剤を服んだ。昨日は本当に辛くて、本当は午後5時ごろに服もうかと思ったのだが、友人が普段に近づけるようにTwitterのDMでやりとしてくれたのだ。それで何とか服むのを待つことができた。ちなみに午後8時半前に起き上がろうとしたら既に薬が効いていて起き上がれなかった。

 しかし、今朝も苦しさは減じていない。胸苦しさとも違う、なんとも言えない苦しさ。今日は午前8時30分になったら保健師さんに電話をしようと思う。毎日、電話をすると励まされるのだが、土日休みが入った上に、昨日は1日中外出で話せなかった。酒を飲みたいが、少なくとも、それまで我慢だ。

 同時に、電話をすることへの不安もある。港区は8月から保健事業の体制が変わったのだが、それから、なんとなくビジネスライクになった気がする。今までは、私の言うことを良く聞いて、深い理解に基づいて助言をくれたので助かっていたのだが、忙しくなったのか、通り一遍の感じがする。そうすると、電話をすることにも身構えてしまう。

 保健師さんは電話中とのことだった。折り返し電話を貰うことにする。少しホッとするところもあり、あぁ、否定的なことを言われることの不安は大きいのだなと思う。保健師さんはスタンスとして何回でも架けてきていいけど忙しいと出ないよという調子なので、折り返しの電話がないときもあり、そういうときは、また、こちらから架ける。

 何とも言えず焦れったく感じる。朝から苦しさが激しく、酒を飲みたくて仕方がないのだが、電話をするとなると酒を飲むわけにいかない。メーラーを開くと、昨日、弁護士をしている昔の同級生に投げておいたEメールの返信が来ている。しかし、文章を読んでも、イライラして、全く頭に入らない。

 糖尿病で足を壊死して、すわ切断かといっていたのに死ぬまで酒を飲み続けていた叔父のことを思い出す。私の父は、私には、他人以上に非情に徹していたのに、叔父には親バカな親よりも甘く、そんな父が死んだときも、叔父は酒を買うために父が入院していた病院から帰るタクシーを待たせて酒を買い、幸せ、幸せと繰り返して、床で横になったまま放尿を繰り返していた。

 そして、Facebookを開くと「過去のこの日」というのが出てきて、数年前の今日の投稿が出てきた。ストロングチューハイの缶が何本も写った写真だった。保健師さんに、昔の私は酒浸りで酒を飲みながら電話を架けてきたという記録があったと聞いた。実際は酒を止められずに苦しみ、前日のビールが残っていてシャックリが止まらなかっただけなのだが、そうなのだ、私は酒浸りの、どうしようもない奴なのだと思う。

 そう思ったら死にたくなった。昨日も書いたが、私は、死にたくなると、自分自身が下手をしたら死ぬほどのダメージを負うようなことをしてしまう。幸い、今日は朝からTwitterのDMで助けてくれている方とは遣り取りをしてない。心配を掛けずに実行できると思う。しかし、今日もダメージを負うことは幸いなかった。

 それが午前10時前のことである。机に溢れている伝票を整理しようとしても訳が判らなくなってしまうし、何も手に付かない。軽いパニックを起こしている感じだ。勤めていたときも、病気が再発すると最初に判断力が付かなくなったっけ。しかし、昼まで2時間も時間がある。時間が重い。死にたい気持ちも、再び湧き上がってきてしまって、横になって、ひたすら耐える。

 そこに保健師さんから折り返しの電話がある。私の酒量を訊いて、とりあえずビール(私はビールしか飲まない)3本目からは水分補給も兼ねてノンアルコールにして欲しいなと言う。後は不安の対処法や、午後、運動を兼ねて散歩に出た方が良いのではないかと思うので、現在の体調で可能なのか主治医に訊いて欲しいことなどを話す。

 少しホッとしたのが、不安の対処法の話で、現在の勤務体制になって自分も不安で職場の人に対して怒りっぽくなっているのが判ると言う。前回、電話をして、「ビジネスライク」な感じがしたのは、それだったのか…。たしか、本来の職場である区役所の支所ではなく、保健所で受けた電話だったはずだ。

 今日はビジネスライクな感じはせず安心し、それでしばらくしてお昼になる。酒は飲まなかった。苦痛と、その元である自己否定が、耐えられないほどではなくなった感じがする。今日は久しぶりに外出しようかと思っていたが、どうも、どこにも足が向かない。外出すべきかどうか、しばし躊躇する。

 家にいると飲んでしまうということはないだろうが、喫茶店に行くことにした。行きつけの喫茶店といいつつ、来たのはどうも先月の26日以来のようである。渋谷までバスで1本。渋谷行きのバスに乗るのも久しぶりで、なんとなく平常な感じはしなかった。しかし、渋谷までの時間は、さほど長いとは感じなかった。

 本を1冊、持ってきた。鷺沢萠さんの『失恋』という本だ。その中にある「安い涙」という短編の主人公が私と同じ天涯孤独の身であることから、今後、自作をするときの何かの参考にと思って持ってきた。「世の中で自分がいちばん不幸だなんて、ほんとうにひどい思いあがりだと思った。」とあるが、さして励ましにはならなかった。

 

 1時間ほど居て短編1編を読み終えたら気持ちが悪くなってしまった。ずっと酒を飲んでいた日が続いて、ろくに食べておらず、今日の昼も、大した量、食べていないためだろう。TwitterのDMで他人にどうしようか尋ねるが返事がない。そして、返事がないことを咎めるようなことをDMして後悔する。1時間もいれば十分かと思い店を出る。帰り、炎天下を歩いたのとバスで揺られたために気分がさらに悪くなってしまった。

 帰途に就いてから、あぁ、渋谷で何か美味いものを買って来ればよかったなと思う。最近、美味いものをほとんど食べていない。何か最近、美味いものを食ったかと言われて思い出すのは土用の鰻くらいか。デパ地下で寿司でも買って来ればよかったなぁと思う。回転寿司を含め、寿司など久しく食べていない。

 そして、帰宅しても午後4時前である。まだまだ寝るには時間がある。頭の調子は整ってきたので、午前中に投げ出した伝票の整理をしようと思う。しかし、今度は気持ちの悪さが邪魔をする。とりあえず胃に何かを入れようと思い、コンビニでパンを買ってきて食べる。そして、横になってスマートフォンを見ているうちに夕食の時間になる。

 夕食を食べても、まだ気持ちが悪い。そもそも夕食が美味しく感じられず、あぁ、やっぱり渋谷で買って来ればよかったなぁと思うばかり。かくして、横になっては、このBlogを書いてを繰り返して、今まで来ている。これから寝るまでに、伝票の整理ができたらなぁと思って、今日1日が終わろうとしている。