遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

苛立ちは病気のせい?

(このエントリーは、訪問看護の勧めで、気を逸らせる訓練として昼前に書いたものです。その後、体調が戻らず、そのままアップすることにします。)

 

 朝、起きたときから焦燥感というかジリジリした感じがしてジッとしていられない。今日も山姥さんTwitterのDMを入れるが返事がない。

 しかし、自分で自分が嫌なのは、自分は相手が返事がないのに苛立つのに、自分はマメに返事ができているかというと、できていないことだ。

 自分ができていないのに、そんな自分は許せて、どうして相手が即時に返事をしないと許せないのだろう。そんな自分が嫌になった。

 幸い、山姥さんは理解があって、自覚しているのが凄いと言ってくれているが、私は、これは、病気の所業ではないかと思っている。