
相変わらずの不眠。しかし今日は通院があるのでノンビリとはしていられない。などと書きつつも、某ジャズピアニストのTikTok LIVE配信を観る。最初は一般公開でしていて途中から会員限定公開に変わったのだが、私は今月から月400円ほどの会員になっている。
夜は早寝をしてしまうので、会員限定公開の配信を観るのは初めて。一般公開の配信では、Mrs. Green Appleのジャズアレンジなどをやっているのだが、かなり本格的なジャズを弾いていた。中には難しい曲があって、クラシックや現代音楽で理解できないということはあるのだが、ジャズでは初めてではないか。
配信者が言う。やっぱり、ミセスとか解りやすいのもいいんだけど、自分の配信では、こういう曲も演っていかないといけないな…。その言葉にプロとしての矜持が見えた。なかなか若いのに(28歳だったかな)肝が座ったアンチャンである。ずっと聴いていたかったのだけど、私も予定があるので離脱。
そして読書。例の課題図書「アルジャーノンに花束を」の続き。文体も読みやすくなってきて、私も調子よく読めるようになった。昔、読んだ記憶がある部分も出てきて、しかし、解釈は、その当時(おそらく小・中学生のころ)と変わっていなくて、チャーリィと違って私は進化していないなと思う。
そして、気が付いたら、とうに昼を過ぎている。これだけ集中して物に取り組めたのは何年ぶり、いや、何十年ぶりではないだろうか。ただ、昔の勢いで読めれば読み終わっているはずだが、予想の半分しか進んでいなかった。歳と言えばそうだが、駄目だ…。頭の回転は、むしろ鈍くなってるじゃん…。
という訳で、通院までの時間、昼飯も漫ろに食べて読書に没頭する。以前、書いたが、行く先々で朝から晩までショパンが流れていて辟易したことがあったが、体調が良ければ書籍は10時間でも読んでいられるということは、やはり音楽ではなく文芸向きなのだろう。
しかし、読書は小学生のときから嫌でもさせられるが、音楽鑑賞や絵画鑑賞なんて、小学校の音楽や図画工作の授業でも、ほとんどさせられず、ずいぶん軽んじらたものだ。私は英才教育には反対で、私の出身校は力を入れているが、英語で食ってきたのに幼児英語教育にも反対である。それでも感性を育てる教育は疎かでないかと思う。
挙句の果てに私が通っていた高校は芸術の時間にも受験勉強をさせて茨城県から処分を食らっている人間性が貧しい高校だったので、とてつもない人生の履修科目を取り損ねた気がする。少なくとも高校で音楽の授業があったら、まだピアノは弾けたであろう。
写真を始めたときも、カメラのメカニズムもそうだが(今は、その辺が省けるから楽だ)、良い写真とは何かというのが解るのに2年くらい掛かった気がする。心の栄養の摂り方というのは、小さいときから身に付けておくべきだなと痛感した次第だ。
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