ふぉんとの話

死ぬまで生きる。その記録です。

芸術とは頭を使わない道楽であると訪問看護が言う。

 「精神病の症状は気の持ちようだと訪問看護が言う。」に続けて「訪問看護が言う」第2弾。言っているのは別の人であるが。

 今日は朝から倦怠感が激しく動けなかった。それでも動かないと鈍っちまうしな… と思い訪問看護に相談。最近、急に物分かりが良くなった人は多忙だという。

 私はカメラが趣味… というか国立新美術館に展示される程度の腕で、カメラを持って写真を撮りに行ってくださいと言う。

 もう、起き上がっているのも辛いのに、そんな頭を使うことなど辛くてできない。しろと言うので無理してやったら出来は散々だった。

 それを再び連絡すると、そんな、「頭を使わない道楽」で疲れたりするはずがないと言われた。

 何に頭を使うんですかと馬鹿にするように訊くので、構図を決めてレンズを決めて感度を決めてシャッター速度を決めて絞りを決めてピントを決めて… と言ったら、そんな大袈裟なと言われた。

 そもそも、当人たちもInstagramをやっているのに写真がヘタクソというより、私が見る限り、おそらく良し悪しも判っていない。

 これは、急に物分かりが良くなった人の言葉であるが、私もInstagramを見ていますよと言ったら、あなたのように持っているカメラが良い人は良い写真が撮れるんでしょうねと言う。

 私のカメラは10年ほどまでに6万円ほどで買ったものであり、今、中古相場を調べたら2万円台後半である。

 人の腕を評価していないだけでなく、何十万円もするカメラを持っている道楽者だと思われていると思ったら、不機嫌でデスクワークができなくなり、体調が悪いのに外回りをした。

 これで体調が尚更悪くなったら責任を取ってもらいたいくらいだ。

 どうして、訪問看護の人たちというのは、ファンクショナルというか、そういう考えしかできないのだろう。