昨日は疲れて目がショボショボしてPCに向かえず、Blogもスマートフォンから書いた。1時間、眠剤を早く服んだ。そのせいか知らないが、目が覚めたときには午前9時で、スマートウォッチも「深い眠り」を普段より1時間、多く記録している。
起きたときは、ただただ眠かった。もう社会が動いている時間だというのに起き上がる気もせず、鼻水が出て、寒気がした。しかし、体温を測っても36.1℃しかない。それから妙に倦怠感がして、風邪かな… と思った。
問題はそれからだ。今日は、役所に担当の保健師さんが出ていて電話もしたし、ヘルパーも訪問看護も来る。比較的、他人との接点は多い日である。一昨日の日曜日が地獄だった。誰も話せる人がおらず、死にたい気持ちが出ても酒で何とかした。
それが、横になっていたら、何が楽しくて生きているのだろうという気持ちになって来た。もう、世の中の全てのことの、その楽しさの全てに対して猜疑心を感じる。音楽を聴くことも、食事をすることも、いったい、何が楽しいのだ。世の中、楽しいことなど、何もない。
加えて、苦しいこと、本来、すべきことも何もできていない。昨日、生きているだけで何もしないで平気なのかと書いたが、今の自分は、本当に生きているだけだ。自分なんて死んじゃえ! そんな気持ちに激しく揺られている。
そうこうしているうちにヘルパーが来る。ヘルパーさんが来ている間も死にたい気持ちが収まらず、頼む、殺してくれと頼みたいくらい。作業を任せてコンビニにお茶を買いに行き、TikTok LIVE配信を観るが気持ちは変わらず。
訪問看護は遅れるとLINEで連絡があったきり、1時間、音沙汰がない。TikTok LIVE配信を観始めて1時間、やっと、あと30分で行きますとLINEが入った。もう、死にたい気持ちでボロボロである。辛どくて担当の保健師さんに電話をしたら、今日は3回、電話をしたから、また明日、とのこと。苦しくて連絡できなかった時のことについても「成長したね」と言われる。
死にたい気持ちの激しさが伝わっていないようだ。
苦しいので、今日は、もう、筆を置くことにする。下記は昨日、書いたもの。
これを見ると泣きたくなる風景がある。家庭の温かみが少なかったからかもしれない。麻布の仙台坂上で幼少期を過ごしたからかもしれない。これらのメディアを見ると、そこに呼び戻される感じ。
彼と彼女のソネット - 原田知世 (1987年) / T'en Va Pas - Tomoyo Harada (Japanese ver.)
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