遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

驕っていた、助けられるほどではなかった。

 今日は体はボロボロだけど精神的には少し余裕がある。そうしたら、数日前、私と全く同じように苦しんでいる人をXで見掛けてフォローしていたのだが、昨日の私と同じように苦しんでいる様を見て手を差し伸べた。

 音声での通話を希望していたのだが、さすがに知り合って数日の人で、それは、ということでチャットにしてもらった。しかし、やっぱりベースにあるものが違ったりで、多少は助けになったようだが、完全に苦痛を払拭することはできなかった。

 同じ苦しみを味わっていて、こっちは経験者だから何とかなるというのは奢りだった。今日は精神的に余裕があるというのも、たまたまであり、特に何かしたわけではない。それを、こうしたら良いというのは言えないものだ。

 実際、私は、まだまだ周りの人に支えて助けられている状態であり、時期尚早だったのかもしれない。悪い方に行かなかっただけ、まだ良かったのかもしれないと、反省しきりである。私自身も、まだ緊張している。余裕を持って対処できなかった。

 家族を前に気が付いてあげられなかったと謝る寅子を笑えない…。

 

 

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