遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

身の上話。③

 中学校に上がっても帰宅部だった。相変わらず家では監禁され、殴る蹴るされ、眠剤で寝ていた。ファミコンが流行ったが、私はコントローラーの使い方も知らない。なので、今、こう病気で苦しんで家から出られないのに、同じマンションの住民に「ゲームばかりして飽きたでしょう」などと言われると殴りたくなる。

 高校は、中学校からも頼まれて県立のナンバースクールと言われているところを受けることになった。これも、私のネットストーカーが、ネットストーカーにとっては公立を受けるというのは「余程のこと」だったらしく、私はピアノが習いたいと言っては失敗して公立を受けると言っては失敗しているなどと書いているが、私の成績からいえば当然、受験すべき高校であって、中学校に言わせると「学力テストで学区内トップ10に入る生徒が県立の最もいい高校を受けないとなると、あの中学は何をやっているのだということになる」ということだ。

 そうすると、滑り止めはどうするということになる。私は嫌な予感がして、山梨県の甲府にある全寮制の進学校の特待生推薦試験を受けて合格していた。それで満足のはずだったのに、また母親が茨城にある新興の進学校から特待生として入学させてほしいという話を持ってきた。お子様は絶対に東大に入れて見せます、それに魅力的な生徒さんですので学費だけでなくPTA会費や制服代も無償にしますと言われ、その高校に熱狂的になってしまった。

 はっきり言って私の母はキチガイと揶揄されるだけあって、マトモなものは信じないのだ。東大に1人しか入学実績がない高校が、絶対に東大に入れて見せますと言ったところで、普通なら鼻で笑ってしまう。それを私の母は、まるでオウム信者のように熱狂的に、その学校を褒め称えるようになった。

 また、その高校は、昔も今も非常に評判が悪い。Googleの口コミを見ると教師が生徒を公の場で恫喝するなど序の口である。私は嫌な予感がしたが、ほとんど親に足を引っ張られて県立高校の受験に失敗し、その高校に行くことになった。

 書いても書いても気が済まない。芋づる式に色々なことが出てくる。この時間はこれまで。

 

 

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