遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

訪問看護に電話をする理由。

撮影データ
日時:2023年04月03日16時20分
ボディ:PENTAX K-70
レンズ:smc PENTAX-DA 18-270mmF3.5-6.3ED SDM の34㎜域
絞り:f9(Auto)
シャッタースピード:1/250s(Auto)
感度:ISO 100(Auto)
(プログラムAE)

 

 今朝も滝のような汗をかいて目が覚めた。滝のような汗というより、もう少しで、水の中にいるような汗といって良いくらいの汗だった。しかし、Fitbitスマートウォッチを見ると睡眠の記録がない。

 その3時間ほど前に、はやり汗をかいて目が覚め、このままでは眠れまいと思って朝食後の薬を服んで寝た。なので、寝ているはずであるが、きっと、眠りがあまりに浅かったのだろう。

 今日は訪問看護が来る日なので訪問看護に電話はしなかった。今日、来た看護師さんは若い女性だった。毎週、月曜日は担当者が辞めてしまったので、誰が来るのか判らない。看護師さんは、なんか、週末、大変だったんですねと言う。

 土曜日に7回、日曜日に5回、電話がありましたと言われる。土曜日は異常な緊張があったので仕方がないと思うが、日曜日は、そんなに電話をした記憶がない。今日は電話はなかったのですねと言われる。

 この看護師さんは若い女性にも関わらず、妙なところがタメ口である。というか全体的に、ここの若い女性の看護師さんは妙なタメ口の人の割合が多い気がする。電話のことについてと、先日、書いた、布団のことについて話した。

 布団は、押し入れから出せる状態にすれば敷いてくれるとのことだが、どうせ、また、汗で3ヶ月もせずに駄目になることを考えると、果たして替えない方が良いのかなとさえ思う。しかし真面目に40分、話をして帰って行った。

 水曜日の担当者は5分も話をせず、どうせ酒を飲んで寝るんでしょう的なことを言って帰っていくので苦手だ。初めて来たときも、開口一番、書斎と寝室を見て、私はいつも机に向かっているのに、どうせいつもは寝室にいてゴロゴロしているんでしょうと失礼なことを言った。

 なので水曜日は布団を変えてくれるということはないと思うと言ったら、水曜日は、この前、水曜日の担当者が連れて来た主任の看護師さんが来ると言う。今から、少し楽しみだ。そして、この人が来るのが定着してくれればなと思う。

 訪問看護が帰ったらお昼の時間。昼食を食べたら眠気がするので横になったら、そんなに居心地が悪い布団なのに2時間も寝てしまった。夜も2時間、連続して寝ることなど、ほとんどない。しかも汗を全くかいていない。

 ただ、スッキリ目が覚めるということはなく、眠気が残った、どんよりした目覚め。何をするのもダルい。トイレに行くのも億劫で、なんとなく異常な気がして、するなと言われているのに訪問看護に電話をしてしまった。

 どうも、私は自分のことを自分ひとりで抱え込むことが苦手だ。かつて、そういう時期が何十年もあったにも関わらず、むしろ、そのときのことを考えると人生は上手く回っていなかったし、半ばセルフネグレクトのような生活をしていた。

 昔は、どうせ誰に何を言われようとも勝手に悪人にされて勝手に死んでいけばいいと思っていた。自殺未遂したのもそのころだ。大きな傷が残って今になっても痛み、どうして、どうして、あのころ、捨て鉢な生活をしていたのだろうと思う。

 人間、誰にも理解されないのが一番つらい。かつてのBlogで書いたが、マンションで他の住民に「どうせゴロゴロしているんだろう」とか「TVゲームばかりして飽きませんか?」と言われたとき、もし、私が何か事件を起こしてマスコミが周囲の住民のインタビューに来たとき、そんなことを言われたら居たたまれないと思った。

 今は、何もできないなりに、精一杯、真面目に生きている。なので、それを否定されることが非常に口惜しい。真面目に生きているからといって人生が好転するとも思えないが、今、真面目に生きていることを誰かに知っていて欲しい。それが訪問看護に電話をする理由だろう。

 今日は命の危機65%。トイレに行くのも億劫だったりすると、こんな苦しい生活は辞めたいという思いは、まだまだ消えない。

 

 

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