遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

天に召される夢を見た。

ロイヤルコペンハーゲン・クリスマスジョイ

撮影データ
日時:2020年12月17日15時30分
ボディ:PENTAX K-3
レンズ:HD PENTAX-DA 20-40mm F2.8-4 ED Limited DC WR の34mm域
絞り:f4(解放)
シャッタースピード:1/60s(Auto)
感度:ISO 4000(Auto)
(プログラムAE)

 

 何もする気がなくて困っている。死ぬほどの恐怖や苦しみがあったときも、それにより書く力が削がれていたものの、書こうという力は漲っていて、それにより読まれて吐いたのだが、最近、本当に、このBlogを読む人がいなくて悲しい。

 相変わらず、夜中、苦痛で何度も目が覚める。1時間おきくらいに眠れないとメモが取ってあり、午前7時半に苦しくて朝食後の薬を服んだら、Fitibitによると、それから2時間弱、寝ていることになっている。

 このとき、私は、いつもの苦痛に紛れた夢だけではなく、天に召される夢を見た。ちなみに当初から夢だと思っていて、自分が死んだとは思わなかった。このまま死んだのなら楽だろうなとは思った。

 小学校時代に読んだ筒井康隆先生の七瀬三部作の何かに何かされて官能を感じるのではなく官能そのものに包まれる感覚というような表現があったと思うが、まさに優しさそのものに包まれているという感覚だった。それで、このまま、楽になれたらいいなぁと思った。

 さて、現実世界が、そんな快楽の園であるはずがなく、午前9時半前に目が覚めた後は、また、いつものように苦しんだ。横になっていてもスマートフォンはおろか、通知が届くFitibitスマートウオッチを見ることもできず、起き上がって朝食を摂るが、耐えられなくて横になってしまった。

 それでも、昨日の疲れが取れたのか、本当に優しさそのものに包まれる感覚で安心できたのか、Fitibitスマートウォッチによると午前11時前から正午まで断続的に「深い睡眠」を記録している。この「深い睡眠」は、夜、薬を服んで寝た直後しか記録されたことがなく、強いていえば、苦痛を上回る安心があったとしか考えられない。

 午後1時に腹が減らないが昼食を摂り、今度は満腹で気持ちが悪くなる。このまま家にいても何もできないと思い、着替えて渋谷の喫茶店へ。今日は、普段から携えている原稿用紙の他に、私の数冊あるバイブル代わりの1冊を持っていった。

 私小説の続きを書きたいのだが、書く気力がないのだ。読めば、こんなものが書きたいと思えるかと思ったのだが、そんなことはなかった。気持ちも休まらず、何か時間を無駄にした気がして、いつもより早い時間に帰ってきた。

 早い時間といっても行くのが遅いので、帰りの時間は、かなり遅かったのだが、それでも店の前には行列ができていた。また、いつもだったら、どんなに寒くてもアイスコーヒーを頼むのだが、ここ2回ほどホットを頼んでいる。今日のコーヒーカップはロイヤルコペンハーゲンのクリスマスジョイ。

 今日の命の危機55%。まぁ、今日のペースなら死ぬことはなかろうと思うが、やっぱり起きられない間は苦しく、また読んでもらえるものが書けないというのは死ぬほど苦しい。

 

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