遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

1日しか持たなかった。

撮影データ
日時:2020年12月03日17時40分
ボディ:PENTAX K-70
レンズ:smc PENTAX-DA 18-270mmF3.5-6.3ED SDMの135mm域
絞り:f5.6(解放)
シャッタースピード:1/50s(Auto)
感度:ISO 3200(Auto)
(プログラムAE - 4/3EV)

 

 薬が効いたと思ったのは1日だけで、また、深夜に嫌な夢を見て目が覚めた。カメラにフィルムを使っていた時代、私は結構な数のカメラを持っていた。そのほとんどが、私の家に押しかけてきて、数ヶ月、居座った変な女に、いつ死んでも良いように家を奇麗にしていると言われ、あれこれ買うことを勧められたから買った物である。

 蛇足ながら、その女は寓居マンションの他の住民にも迷惑を掛け、マンションから私の親に苦情が行って、私は人殺しを目的とする姥捨て山のような精神病院に放り込まれた。そこには私の知人が何人もいて、連日、バタバタと死んでいった。私も、脱走したが、当時の主治医曰く「毒を盛られ」、もう少しで死ぬところだったそうだ。これについては私小説版で詳しく書く。

 私は子供のときから、例えば昭和47年(1972年)生まれなのにファミコンを買ってくれないどころか、新潮文庫を買っても母親に破り捨てられた。そんな私が初めて物を買うことを肯定されて、嬉しかったのだと思う。貯金は底を尽き、3年ほど前、それらのカメラのほとんどを、何台ではなく40㎏ほど売り払った。

 それでも愛着がある捨てられないカメラがある。限定生産されたHASSELBLAD 503CWのカラーモデルも、その1つだ。レンズも限定のものを使っていた。町で三脚を立てて写真を撮ろうものなら人が集まってきて、写真を撮るどころではなかった。どこに行っても、その調子なので、町で写真が撮れず、カメラバッグに入れたまま放っておくようになった。

 40㎏のカメラを売ったとき、そのカメラバックを開けたら、物の見事に壊れていた。直すのには5万円かかるとのこと。詳しくは見ていないが、レンズもカビが生えているだろう。しかし、直して売れば100万円ちかい値段がするので捨てられない。

 そもそも40㎏のカメラを売ったとき、これまた限定のライカM6TTLの、私が10万円で売った、そのものの個体が、先日、eBayに200万円で出ていた。私が売った直後にもメルカリで100万円で売りに出ていたので、転売が重なったのだろう。

 とにかく、そういう、捨てるに捨てられないものが夢に出てきた。そして、どうしようと悩んで眠れない。主治医に何を話しているのか話すと、くだらないことで悩んでいるねと言われるが、私は元々、気にしぃな性格ではあるが、クヨクヨと思い悩むことはなかった。

 それが、今は、そんなことにも魘されて目が覚め、さらに、引き摺られて眠れない。今日も午前3時過ぎに目が覚め、目が覚めてからも起きながら魘されて眠れなかった。身体の強張りによる肩の痛みも再現した。

 そしてまた、死ぬほどの苦痛までは行かないが、横になっていたくてもジッとしていられない。しかし、起きてもボロボロだし、いつもほど激しくはないが、頭の中でアカシジアが発生しているような感覚も止まらない。若干だが頭の中で金属の紐が擦れている音がするような感覚がある。

 そして、起き上がったところで、集中力がないうえに、何もしようとする気がしないのだ。きっと、今日のこのBlogのエントリー、まとまりのないものになっているだろうと思う。いつものように最後まで神経が持たないということもないが、かなり一杯いっぱいである。ただ、泣きわめいている子供のように苦しいばかり言っていてもなと思ってエピソードを入れてみた。

 今日の命の危機、65%。苦しんで起き上がったのは午後3時。昨日よりは体調は悪化しているが、それでも危機的状況は昨日と変わりがない。

 

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