遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

望まれない生を送ってきた。

撮影データ
日時:2020年11月27日14時20分
ボディ:PENTAX K-70
レンズ:smc PENTAX-DA 18-270mmF3.5-6.3ED SDMの105mm域
絞り:f10(Auto)
シャッタースピード:1/500s(Auto)
感度:ISO 200(Auto)
(プログラムAE)


 今日も辛い。頭の中でアカシジアが発生しているようというのと表現の差こそあれ、今日も頭の中でアルミホイルが擦れ合う不協和音がしているようで発狂しそうだ。

 さて、そんな中、当の本人は盟友と言っていたであろうか、闘病仲間がキツそうだ。十分の忍耐力も知性もある方だがODをしてしまったという。

 Blogを書いている人なので、本来なら励ましの意味でリンクを貼るのだが、昨日からTwitterのDMでもお返事がなく、ご負担になりそうなので言及しない。

 物も書けないほど辛いというのは物を書く人にとっては酷な状況だ。私も今、そのような状況になって、どんなに苦しくても物が書けたときが、まだ楽だった気がする。

 そして、私は、それが酷であることは重々、承知なのに、耐えてくれ、堪えてくれと思った。その人が生きていることに感謝した。

 しかし、私は、こんな辛い思いをして生きているのに、誰かに感謝されたことがあっただろうかと思った。

 自殺未遂をする前も父に相談していた。電話を架けたら、こちらの挨拶も聞かず「こっちは関係ない!」と言って電話をガチャ切りされた。

 以前も書いたが、マイコプラズマ肺炎で40℃の熱を出したときも、母に無駄な医療費を使いやがってと怒鳴られた。

 死ねばいいのにとは何回も言われたが、生きてて良かったと言われたことは母が死ぬ直前に言われたきり記憶にない。

 私は生きていることについて誰にも何の感謝もされたことがない。誰かに私が生きていることを喜んでもらえたなら、もっといろいろと耐えられたのになと思う。

 なんか今日も、まとまりのない文章になってしまった。きちんとした構成の文章が書けないのだ。30秒と神経が持たない。苦しい。死にたい。命の危機95%。

 

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