ふぉんとの話

死ぬまで生きる。その記録です。

どこまでが鬱の症状?

 今日も、また恐怖で額に汗をかいて、じゅうぶん寝ていないのに早朝に目が覚めた。そして、今日は、恐怖が収まったら投げやりになってしまい、保健師さんに電話をしようか迷う。山姥さん絶賛キャンペーン中!)へのTwitterのDMは、昨日、書いたように早朝は控えることにしたのでちょうど良い。

 しかし、保健師さんと話をして、よい時間なので山姥さんにTwitterのDMを入れて、ちょっとDMの遣り取りをしたら疲れてしまった。コミュニケーションで疲れるというのは鬱の症状なのだろうかとツィートしたら、そうなのではないかとリプが。ちなみに、この診断だと「優柔不断について」などという質問項目もある。

 

 そんなことをしているうちに、お昼の時間。今日、昼食を買っていなかったのは、外出のため飲酒などできるはずもなく、単に食欲がないからだ。食欲がないのは鬱のせいだろう。そして、弁当を買ってきて食べるが味覚がないのも鬱のせいだろう。

 そして、食事中に03で始まる電話番号から着信。なんか嫌な予感がするが、出たら地元の公立図書館。ちょっとお時間よろしいですか? と言われて、その途端に嫌になる。時間を要することなのか…。

 要件としては滞納している資料を早く返却してほしい旨と利用証の期限が来たので更新をして欲しい旨だった。葉書で督促しているはずですがと言われるが来ていない。来ていれば予想が付く内容だったので、ちょっと緊張したことは事実だ。

 私は本当に死にそうに苦しいとき、ビビッている状態が常に続いているようと形容していたが、今回は、何もかも億劫というか、取り掛かってしまえば何とかなるが、取り掛かるのが大変なのと、やたらと疲れることだ。

 あと、SNSなど文章での遣り取りで、なんと要領を得ない文章を書いているのだろうと思う。主述・形容関係が判らなかったり、二重形容をしていたりする。理由なのに「~から」となっていなかったり。そもそも書くのが億劫で、投稿数が減っている。

 そのかわりというか何というか、希死念慮が少なくなっていて、これは鬱の症状なのか何なのか迷うところ。死ぬエネルギーもないという感じなのだが、これは、果たして鬱の症状なのだろうか。