遺書。

死ぬまで生きる。その記録です。毎日、午後9時更新。

あなたの小説を毎日読みたいと言われたら?

 今日は、久しぶりに滝のような汗もかかずトイレにも起きなかった。それでも、やはり疲労は取れていない。どうも、夜、寝ながらも緊張が取れていないようだ。肩もパンパンに張っている。また、昨晩は昼からの緊張が取れず寝付けなかった。今朝も、緊張で寝ていられず早朝に起きてしまった。

 さて、いつも拝読しているBlogのエントリーに、Blog友達の、かつて読んだ小説の次が読みたい、新聞の連載小説のように毎日Blogに投稿したらどうかというのがあった。ひょっとして私? と思い、それとなくコメント欄でコメントしたら、やはり私のよう。

 こういうのを安請け合いするのが私の悪いところ。以前、かなり大手の出版社から、さらに、かなり大きな(分厚い本1冊)翻訳の仕事を打診され、「やります!」と二つ返事で答えたが、結局は病気が酷くなって1行も翻訳ができなかった。しかし、今回、昨日から、少し書きたいなという気持ちが芽生えたこと、新聞小説Twitter程度で良いんですよと言われ、気持ちが疼いた。

 

 1日5枚を20日かけて書いて校正を入れて1月で100枚1編が出来上がる…などと甘く考えていたのだが、結局、1行も書けていない。ただ、まったく1行も書けていないというのは語弊があって、今回、病状が酷くなる前に、この喫茶店でメモ用紙に書いているものが、原稿用紙10枚ていどある。

 しかし、ここしばらく、まったく書こうという気がしなかった。本当に、一生、書けないのではないかと思っていた。他のBlog友達曰く、fonttotoさんは、今、非日常の世界にいるので、日常の世界に戻れば、また書けるようになりますと言う。

 今回、少し書きたいという気持ちが芽生えたことは、少しといえど日常を取り戻しつつあるのではないか。そう思うと、なんとなく、いいタイミングで書かないかと言われた気がする。けっきょくは書けなかったが、非日常の世界から日常の世界に戻りつつある気がする。

 小説以上にBlogも何を書きたいのか判らなくなってしまったが、とにかく、書きたいという気持ちはあるのだ。